目から鱗


最近北斎ブームである。
オランダの美術館で見つかった北斎の西洋画風の絵には、最初本当かと疑ったほどであった。

よく考えてみれば、北斎だってゴッホやセザンヌと同じように、未知の画風に憧れたって不思議ではない。
西洋の遠近法を学び取った後で描いたのが、波間の富士~富嶽三十六景神奈川沖浪裏~でうなずける。

「波」にこだわって多くの波を描いた北斎は、レオナルド・ダ・ヴィンチによく似たところがあると思った。
レオナルドは「波」を科学・物理的に追求し、北斎は「波」の性格に迫りながら、見事にデザイン化した。

レオナルドが深くどこまでも探求する姿を足し算(+)とするなら、北斎のそれは引き算(ー)だ。
余計なものをそぎ落とし、見事に本質だけをデザイン化した北斎は、超デザイナーともいえる。
北斎はますます凄い!


高柳







困難 part2

最近何をやるにしても「困難-difficulty-」 このが言葉がつきまとう。

昔スムーズに出来たことがことごとく引っかかる。

具体的には、見る、聞く、喋る、考える、作る、動く、書く、みんな「困難」である。

最近流行のレベル方式にあてはめればレベル4ぐらい。

といってもレベル4がどのくらいかは分からない。

ブログの文章も日によっては困難。

今日は、こんなんでどうでしょう?


高柳







歩行困難

私の話である。

ウォーキングをやっている。一時間近く、ほぼ毎日。

しかし、うまく歩けなくなった。

揺れるのである。横揺れが時々起こる。

人に言うと「年のせい」にされるが、あきらめきれない。

揺れながら目的地まで辿り着くが、いまいちスッキリしない。


最近ある運動を始めたら姿勢が良くなり、少し揺れがおさまった。

姿勢正しく生きることは大切である。

別人になる日も近い。別人28号!


高柳






ツクツクオーシン

オーシン(セミ)が鳴いているので秋だなと思う。

天候は不順で、昔とは違う天気が続く。

昔はニィニィ(セミ)が鳴き、ジージー(油ゼミ)が鳴き、次にミンミン(セミ)が鳴き、

最後にオーシンと決まっていた。

ところが、最近は他のセミの鳴き声はほとんど聞かずじまい、いきなり、オーシンである。

こんなにも早く夏が終わってしまうなんて、つくづくおーしむ、ツクツクオーシン。


高柳







私の版画技法 その13

考えてみると、危機は10年ごとに訪れたようだ。

そのたび作風を変えざるを得なくなった。

今は最終の時期、写真製版から離れざるを得ない。

手業だけで金属と格闘している今日この頃である。

ユーモラスでアイロニカルな作品が生まれている。

 ー終りー


高柳






私の版画技法 その12

第2の危機がやってきた。

シルクスクリーンは正式には写真製版シルクスクリーン版画という。

フィルムが、世の中から消えていった。

また仕事ができなくなった。

つづく


高柳






私の版画技法 その11

世の中に急激な変化が訪れた。

コンピューター時代が来た。

活版が世の中から無くなった。

製版会社は次々に無くなっていった。

当然作品が作れなくなり、作風を変えざるをえなくなった。

思いついたのはシルクスクリーン技法で、この時からシルクの虜になった。

毎日シルク三昧であった。

つづく


高柳







私の版画技法 その10

版画制作意図は年を重ねるごとに変化しだした。

ニュースソースを利用していることに変わりはないものの、画面の造形に

大きな変化が出てきた。

抽象的図形的な形が画面を大きく支配するようになるとともに、

英文文字は整理され適所に登場させられるようになった。

自分で写真を撮り製版し、活版にして思うような画面を作り出せるようになった。

つまり『自由を得た』のであった。

つづく


高柳








日動画廊「版画の地層」

日動 版画の地層②

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私の版画技法 その9

このように新聞活版から生まれたニュースやコマーシャルは

絵画的・造形的に変化し続けるわけである。

が、新聞の文字やコマーシャルはある形を持っている。

当然のことながら新聞紙の大きさが基準である。

多少の大小はあるにしても、大きさが一定なのである。

つづく


高柳