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一筆書き -single stroke drawing- Ⅱ

線で何かを描こうとすると、ふつう画家(つまり描き手)が主導で、線はコントロールされるわけだが、一筆で描こうとするとそれが逆転して、線が描き手をコントロールするところがある。

あれよと言う間に線が動き、思っているところからずれていくが、頑張って最後までペンを走らせる。
これがほんとの線に先導されることかと、ちょっと面白く思った。


一筆書き -single stroke drawing-

何を描いて良いのやら・・・という時便利である。
思ったまま、一気に線を切らないでサインまで描くから、点描の反対である。

昔からよくこの技法を使って絵を描いていた。
しかしスムーズにいく時といかない時があり、この時は「線路は続くどこまでも」となる。
色は後から適当につければよい。


高柳






自画自賛

10月の始め、個展で水彩画を発表した。
水彩らしい水彩(つまり、薄く透明感のあるもの)が描きたい思いがあった。
いつもはガッシュを使用していたので、つい少し厚塗りになる。
今回は集中して透明感のある水彩で描くぞ!っと意気込んで描いた。

うまくいった。
腕が上がったように思えた。
とたん、今自分の本当の腕が水平より上に上がらない、痛い。ことに気がついた。
カタナシである。

高柳





自我像

何故か今年の夏は水彩、パステルで自画像を連作してしまった。
久々に鏡の中の自顔とにらめっこしているうちに10枚以上完成してしまった。
しまった!と思うが時すでに遅し。
自画像ならぬ自我像が何枚も並ぶと、なにか変だ。
昔から自画像はほとんど手がけなかった私が描いてしまったのは、特に暑い夏のせいでもある。


高柳








オーダー靴店

横浜小金町のオーダー専門の靴屋に行った。
ドイツの旗がある店である。

私の足の事情を告げ、セミオーダーみたいな靴を選んでもらった。
半信半疑で話を聞き、何足か試してみた。
ピタリときた一足に出会った。
数週間たつが、いまだに痛みはない。
太っちょのマスターがドイツのメルヘンに出てくる主人のような気がしてきた。

この靴はドイツんだ?オランダ!という昔からの駄洒落があるが、
久々にフットワークが楽しいのである。


高柳






物置解体

40年におよぶシルクスクリーンの版、インク等、作品を制作するために活躍した全てが満載された物置(6畳)を解体することになった。
中の120点以上の版やインクを処分しなくてはならない。
廃金属業者に来てもらい、200kg以上のアルミ枠等を引き取ってもらった。
一抹の名残惜しさはあったが、写真製版が出来ない日本の業界を恨みつつ、廃棄した。

つづく


高柳






泣き面に蜂

足をかばいながら歩いていたら腰痛になった。

ギックリ腰である。息も絶え絶えだ。
幸い、駅だったのでやっとの思いでタクシーで帰った。
道々、運転手と腰の大切さについて話が弾んだ。

家に着き、お礼を言って降りようとしたら、またよろしくお願いしますと言われた。
二度とこんな目に合いたくないと思っていたので、まいったまいった。
腰痛には要注意である。


高柳






我が家の前に私道がある。
車が出入りするぐらいの道で、その側に花が咲いた。
名前が分からぬが黄色い美しい花だ。
お絵描き教室に持ち込んで、ケイタイで調べてもらった。
ビヨウ(未央)柳といって、花言葉は「幸」だそうだ。
持ち込んで、良かった。


高柳






東大病院 No.2 

懐かしい思いで東大病院に着いた日、いよいよ診察が始まった。
結果は骨には異状なし。

エコー検査の結果、指裏の筋(Plantan plate)が損傷しているという。
運動のし過ぎが原因らしい。
第2指は改善が難しいようだが、テーピングをしばらく続けましょう、ということで意外にあっけない結末となった。

帰り道、東大龍岡門の隣に今は消えてしまった我が母校、文中四中があったのだが、
その前を通りながら、授業をさぼって東大三四郎池で絵を描いていて
後で先生に叱られたことを思い出していた。


高柳






アリスの遊び場(東大病院 No.1)

友人の医者が紹介状を書いてくれるというので、東大病院の足の先生に診てもらうことになった。

東京大学は私にとって懐かしい所である。
というのは、70年ほど前は東大の中は病院を除いては敗戦後の跡が色濃く残り、窓ガラスは粉々で壁と鉄枠だけの研究室など、子供の、いや私の遊び場として絶好の場所だったのである。
内部には鉱石の標本が無造作に捨てられていたり、壊れた人体骨の模型がにらんでいたり、水晶のような方解石や黄銅鉱、黄鉄鉱はまるで金の鉱石のようにキラキラ輝いていた。
廃墟の中は、不思議の国であった。

私の家は塀一つ乗り越えれば東大の中という所にあり、そこは悪ガキ、自由に出入りしていた。
現在は全てが変化し、記憶の中のあの場所や三四郎池は今でも鮮明に記憶に残っている。

続く


高柳







プロフィール

版画家高柳とエクレア

Author:版画家高柳とエクレア
高柳裕の制作日記と最新情報をお届けします。

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