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「靴」物語 No.1

少しずつ異なった左足の木型(厚さ2cmの合板ベニヤを切り抜いたもの)を数種、
新品の靴にハンマーで打ち込み、これでもかとばかり広げている毎日。
ある人は「靴もビックリですね!」というが、靴痛(くつう)に歪んだ顔は、
靴にとって最大の屈辱ともいえる。

しかし自分の足が大切である。
負けじとハンマーで木型を打ち込む、打ち込む。
しかし24時間経とうが、48時間経とうが、涼しい顔で元に戻ってしまう。
恐るべき現代の革靴。

あきれ返ってふとインソールを見ると、フットベッドと書いてあった。
そうか、インソールとは言わないのか、foot bedが正しいのか・・・

我に返った。
そうなると、私が今まで書いた「ソール」の駄洒落が色あせて思えてきた。


高柳








シューストレッチャー

変形した足指を恨めしく思いつつ、今日も靴にこだわっている。
左足の薬指あたりが痛いのである。
中敷きコラージュは作品としては面白いのだが、どうもうまくない。
靴屋が言うのには、各メーカーによってサイズ基準はまちまちだそうだ。

ついに靴(くつ)の勉強は苦痛(くつう)に変わった。
しかし、これを乗り越えないと歩けないので、新たなアイディアを絞りし、シューストレッチャーを購入した。
足に合わせ、靴を変形させるのである。
また夜な夜な夢中になってしまった。
靴を柔らかくするスプレーをかけ、木型でぐいぐい広げるが靴もさるもの、強靭である。
縫い目があるのだ。
24時間我慢して待ち、木型を外してみると最初はいくらか良いのだが、またすぐに戻ってしまう。
カワはすごい!!
聞こえてくるテレビでは「カワセとカブのネウゴキ・・・」などと言っている。
さて、新たな一歩を踏み出せるか?


高柳








インソールコラージュ

足指トラブルの為、靴選びの毎日が続いた。
その場では良いと思って購入するのだが、家で履いてみると帯に短し、オールモスト(もうちょい!)が多い。

「にっちもさっちも」いかなくなった時、或るところでルイ・アームストロングの歌声を聞いた。
そういえば、彼のニックネームは「サッチモ」である。
魂、ソールに深く沁みこむ歌声である。
ソール、インソール・・・

ふと、靴屋のアドバイスを思い出し、インソールコラージュを始めた。
重ねたり、切ったり貼ったり、靴の中敷きアートの毎日である。

切ってしまったら元に戻らない。アートの祭りである。
アートフェスティバルなどとダジャレをとばしながら、今日も我が足の為、頑張っている。


高柳







靴で泣く

以前にも書いたが、左足先の指が曲がったまま硬化してしまった。
現在手持ちの靴はどれを履いても痛みが治まらず、結局新しい靴を買わざるを得なくなった。

ビルケン何とかというドイツの靴屋を紹介してもらい、店に飛び込んだ。
驚いたことにこのビルケン店は、どの靴も足先が「あひる」、いや「かものはし」のくちばしのように広がっているのである。
これは良いかもしれないと思い、悩んだ末購入した。
明日届くように配送を頼んだ。

しかしまだ届かない靴と自分の姿を想像し、足先がチャップリン状態の「ファッション性」より「機能性」を求めた自分に期待と不安でいっぱいである。


高柳






足の手おくれ

左足指が気になりだしてから数か月が過ぎた。
足のケアが手遅れとは笑い事ではないが、今では風呂に入る度よくマッサージして、
左足の縮んだ足指を伸ばし、ついでに右足親指の外反母趾も伸ばしている。

歩行中ふらついたり、正常な歩行がうまく出来ないのは、足指のせいもあるかもしれない。
気になりだすとつい集中しすぎるのが私の癖、と人は言う。
あしからず・・・


高柳






足を洗う


昔、時代劇などで「その道から足を洗う」という言葉をよく聞いたものだ。
これは心を入れ替える意味だが、
石鹸でよく足を洗う、汚れを落とす、マッサージすることは本当につくづく大切だと思う。
今では、我が足よ永遠なれ!と叫びたい気持ちだ。
そういえば私はヒールプリント(かかとで作る版画)の産みの親であるのに、オヤオヤ、である・・・
高柳

足跡

左足指が縮んだまま硬化し、痛いため靴が履けなくなった。
以前にも書いたが、「昨日、今日の問題ではない」と医者に言われた。

それよりも何故、何年、いやそれ以上かもしれないが気が付かなかったのか、不思議でならないのである。
ある日突然発見したのであるから、悔やんでも悔やみきれないのだ。
不覚としか言いようがない。
自分の足元を見つめることがいかに大切か、身にしみている。

昔、奈良の寺巡りの際、ある寺の庭で「仏足跡」なるものを見た。
仏様が歩いた跡がセメントで象られているいるだけのものではあるのだが、私の足跡は果たしてどう残るのか、不安である。


高柳






almost(オールモスト)


最近、若い頃の描きかけの水彩画等を眺めみることが多いのだが、欠点がよく分かる。
絵というものは、大きな部分と細かい部分との組み合わせで出来ている。

だがそれは、細部の描き込みが足らないのである。
今風に言えば、ディテールに欠けているのだ。
早くに気が付けば良いのに、その頃は分からなかった。
ゆえに大体出来ているのに何か物足らない、という気持ちがつきまとい、途中で投げ出しているものが多い。

私の版画作品は今、「オールモストの天使」とか、オールモストがタイトルについているものが多い。
気を付けよう! またもうチョイ! にならないように。


高柳







買い物


頼まれて低温殺菌牛乳を買いに行った。
帰ってみると、無脂肪乳を買ってきてしまっていた。

最近このようなことが多くなった。
理解不足もさることながら、牛乳がこんなに複雑に分類されているとは思ってもみなかった。
太りすぎには無脂肪が良いが、さて脳にはどちらだろう。

今度こそは、と思った。カタナシである。
牛乳の銘柄はタカナシだった。


高柳







エンジェルとは何者?

若い人はともかく我々の世代には、ほとんどキャラメルのマークぐらいしか知識はない。
西洋画集などには、大抵エンジェルが飛んでいる。
裸の子どもに羽の生えたのがほとんどだが、天使という名に変えて、大人もいる。
天使は大人で、エンジェルは子供か?

そんなことはない。天使=エンジェルなのだ。
そうだ、大天使など、他にもいろいろいるらしい。

最近、ポール・クレーの画集を見ていたら、裸の天使だとか色っぽい天使だとか、
いろいろいた。こうなるとなんでも天使だ。
羽さえつければ誰でも天使ということか。

街中、目には見えないけれど天使がいっぱいいるような気がする。
菓子屋の天使、新聞売りの天使、街角の天使、運転する天使、八百屋の天使・・・
なんと天使らんまん(天真爛漫)なことか!


高柳







プロフィール

版画家高柳とエクレア

Author:版画家高柳とエクレア
高柳裕の制作日記と最新情報をお届けします。

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