続・文の書き方 「起承転結」


文には「起承転結」が必要と教えられた。

はじめに自分の言いたいこと=意を「起」こし、「承」でそれを受け、

「転」で変化をつけて発展させ、「結」で全体を締めくくるという。


私流に理解すれば、最初に文の「落ち」を考え、それをすぐには言わない、

書かない。次にさりげなく文を綴って読者を外の路線にのせ、しばらく

普通に歩ませ、頃合いをみて落とす。

何のことはない、落語の手法である。


悲劇はたまに起こる。

努力の甲斐なく転ばない、落ちないときは

え~ お粗末! お次がよろしいようで。


高柳







文の書き方


ブログの文とは言っても、文章である。したがって何とか読んでもらいたい
気持ちが働く。人情であろう。

・名人の文は、まず簡潔である
・切り口のスキルがユニーク
・リズム、広がり、ユーモアがある

したがって飽きさせないで読ませる。
こう書くと、絵画を制作するのとよく似ている。

これだけ分かっていればさぞ良い文章が生まれるであろう。
そう思った時、一つ忘れていた。

エネルギーである。
今日は使い果たしてしまった。


高柳







絶滅危惧種 Endengered


昆虫や動物によく使われる言葉である。

昔の外国映画、たしか「チャタレー夫人」 だったと思うが、男女が野原で

休息している場面、二人の目の前をサッと飛び去った蝶を男性が

「Endengerd ・・・」  とポツリと言ったのが印象的だった。

この一言、今日の地球に当てはめてみるとなんとも恐ろしい。

地球温暖化。パブリックハザードと呼ばれる水や空気の汚染。

今に始まった事ではないが、もう終局を迎えている気がする。

今 「Endengerd」の言葉は人類にも、いや人類にこそ必要なのではと思う。


が、悲観に暮れてばかりもいられない。

映画に戻るが、そこでチャタレー夫人は輝くような笑顔で男性を見つめていた。

「世界の幸せは、今、ここにしかないの!」 と言った眼であった。    -FIN-



高柳








「ダジャレ」について


「ダジャレと言えばタカヤナギ」 と、あるところで知られている。

チョット言わせてもらうと、「ダジャレ」 が今は一般化しているが、ダジャレ

と言うのは「駄洒落(だじゃれ)」 のことで、「洒落(しゃれ)」 つまり気の利いた、

粋なことがダメのことを言うので、「下手な洒落」 という意味である。

それが今日では、気の利いた洒落を言ってもダジャレの仲間にされてしまう。

困ったことである。


「ホー、洒落てますね」 とか、「あなた、それは駄洒落ですよ」

とか区別をしてほしいわけである。



高柳









続 蝶々の数え方


「蝶」は一頭(トウ)と数えると前回書いた。

ついに、これが正解! と分かったのは 「インターネット」というもので、

知人が調べてくれた。あっという間であった。

数十年悩み続け、疑問に思っていたこと。どう調べればよいかも分からず、

人に聞いても「へー、そうですかあー?」という具合だった「蝶」の数え方。

こんなにもお速く分かってしまって、喜びと気抜けが一気にやってきて、

「ケイタイ」 も持ったことのない私は 「頭」 を抱えた一幕。



高柳







蝶々の数え方


普通、蝶は一匹二匹と数える。

中学生の頃昆虫(採集)少年だった私は、すっかり昆虫に詳しくなっていた。

中でも蝶の採集に熱心だったから、今日は八ヶ岳、明日は雲取山と駆け巡った

ものだった。そして、山路の途中で他のグループとすれ違う時の挨拶は必ず

「今日何頭採れました?アサギ(蝶の名)ですか?」という具合であった。

当初違和感があったものの、慣れてくると専門家の挨拶と思い、馴染んでしまった。

以降、私は自分の文章の中でも蝶を数える時は必ず「頭(トウ)」を使い続けてきた。


改めて考えると不思議である。

最近になり、ふと、もし違っていたら? ・・・ と心寒くなった。


昆虫学者に聞いてみた。昆虫の分類では学問的には「頭(トウ)」であるとのこと。

やっぱよかったんだ! とホッとした。

しかし、心の底から納得したわけではない。 またさらに確かめなくては・・・

まだ心寒さは続いている。             To be continued.



高柳









ピカソになりきった男 ギィ・リブ


「ギィ・リブ」の伝記というか、カミング・アウトしたような本を読んだ。

「ギィ・リブ」はフランス人、画家で世界一(?)の天才贋作名人。

ピカソ・マチス・ミロ・ダリ・・・ありとあらゆる有名画家の絵をまねて数万点が

世界中に出回っていて、ついにフランス警察に逮捕されるまでを実名入りで赤裸々に

綴っている。

なぜこの本に興味を抱いたかというと、私が今版画家として熱を入れているのが

「My Faivorite Artists」シリーズだからである。ピカソ・マチス・ミロ・ダリ・・・

は私の作品に頻繁に顔を出す。


ここで考えさせられるのは、「オリジナリティー」とは一体何なのか?である。

私の芸大の先輩の何人かも贋作作家のレッテルをはられたのは、ニュースで

目新しい事件であった。

話を戻すが、ギィ・リブの手法は単なる模倣ではない。つまり、ピカソの絵を見ながら

そっくり描いて、ピカソのサインを入れ、人を騙して売りさばくのではないのである。

ピカソ・マチス・・・も描いたことのないピカソ・マチス・・・を描いてしまう。

ピカソが生きていたら、「私はこんな絵をいつ描いたのだろう?」と何の疑いもなく

本人もだませるほど「うまい」のである。


オマージュ、という言葉がある。

尊敬してピカソを描き、オマージュピカソとサインすればよいのである。その場合は

当然ギィ・リブのサインが入る。

ところが彼はピカソとサインする。しかもサインもピカソ以上にそっくり。

これは紛れもなくダメである。

だから偽札のように世界中に広がる。偽札はいずれ足がつくし、本物との違いが

科学的に明らかになるが、ギィ・リブ作のピカソは一流の鑑定士まで巻き込んで

いるから始末が悪い。


私の話に戻るが

私の作品は、ピカソ、マチス・・・の「考え方」をモチーフにしている。

作品はピカソやマチスに見えなくてはならない。が、作者は「私」でなくてはならない。

絵はピカソやマチスを感じさせ、本人のものかな?と思わせなくてはならず、時には

サインまで絵の中に登場する。

しかし!ここが大切なのだが、出来上がったものはあくまでも「高柳版画」でなくては

ならないのである。


ここまで書いてますます混迷するのは、「オリジナリティー」という言葉である。

きりがないのだ。




高柳








ヒールプリント ワークショップ

2017年1月28日(土)、高柳先生のワークショップが風工房にて開催されました。
素晴らしいロケーションの中、20数名が参加して和気あいあいと楽しく、夢中で
過ごした3時間となりました。

風工房景色 (2)
三浦半島の油壷にある風工房  蒼い海の向こうには富士山が見えます

風工房施設②
この施設の中で講座が行われました
風工房の敷地内で採れる葉っぱを使っての実習です

先生お話②
ユーモアたっぷりの先生のお話  時々笑いが起こります

先生説明②
虹色の作品を刷るためのデモンストレーション

先生デモ②
ローラーで練った絵の具を葉っぱにのせます

feel_your_heal_(2)_convert_20170129094138.jpg
feeling your heels , step on step on , and turn round !
葉っぱに紙をのせ、新聞紙で挟んでかかとで踏みます

デモ作品②
アッと驚く美しさ!
虹色の葉脈が見事に浮き出て、ハート形の仕上がり

②作品一部
最後に講評タイム
色とりどり、個性豊かな作品がたくさん出来上がりました

ヒールプリントは高柳先生の考案された版画手法で、機械の代わりに自分のかかと
を使い、水彩絵の具で誰でも簡単に美しく仕上がります。

版画は手間がかかるという印象でしたが、今回体験して一気に身近になり、そして
何といっても楽しいです。

お天気も環境も抜群でしたし、参加して本当に良かったと、高柳先生と風工房の
皆さんに感謝しています。

隣接しているレストランも雰囲気、お味ともに大満足でした!


エクレア






Rope skipping (なわとび)


私は、なわとび名人である。

音楽に合わせて毎日1~2時間は平気で跳ぶ。

いや、正確には跳んでいたのだ、60年以上も。

それが数年前から調子が狂ってきた。

もちろん年のせいもあるのだが、足(ステップ)ばかりやっていてこれでいいのか?

・・・と思ったのである。

そこで上半身も鍛えなくてはと、サンドバッグをたたき始めた。

ステップは、なわとびのステップでOK。

ビートルズのリズムに乗って、ジャブ、ジャブ、ストレート!

今流行りの I  have an apple! ならぬ I have gloves !


上記の文だけ読むとすばらしいスポーツマンに思えるかもしれないが、

実際は正座ができない、歩き方がぎこちない、視力の衰えなど、

体の柔軟性がなくなってきている。  

不思議なことに、昔鍛えた体の動きだけは出来るのだが・・・

反省。後悔先に立たずと言うが、脳を鍛えておくべきだった。

後の祭り Oh ! No ! (脳)


高柳









ハットした感動話 (ハートの中のアートⅡ)


私はまた新しい発見をした。

英語のできる人でも、なかなか見つからない発見である。


それは、今回の版画展覧会のための作品をつくる途中で見つかった。

ART(芸術)という文字を、ハート形の中に施した美しい作品が出来上がった。

そして、タイトルは「Heart  Art」と題した。


よく見てほしい。Heart の中に Art がある。

Heart のスペルをよく見たまえ・・・いつでも Art がかくれている。

いや Art は Heart 、アートはハートの中にこそあるのだ。

ダジャレのようでいて哲学!

アット(Art)驚く、なんとさわやかなエスプリ。


私は今、この発見作品に心(Heart)をこめ、心躍っている。


Heart_Art_(2)_convert_20170116091717.jpg



高柳






プロフィール

版画家高柳とエクレア

Author:版画家高柳とエクレア
高柳裕の制作日記と最新情報をお届けします。

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